2011年6月アーカイブ

「あの日と闘い続けて行く。」

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表記の文章は、「復興の狼煙」ポスタープロジェクト

全28枚のポスターからそのコピーを抜粋した。

恥ずかしながら、今朝仕事へ向かう直前にTVのワイドショー

からこのプロジェクトの存在を知った。

帰宅してから下記のURLからHPを覗いたのだが、その素晴らしい

ポスターの出来に息を呑んだ。と同時に、見ながら逆に勇気づけられ

る思いがして、いい歳したオッさんの目頭から泪が溢れ出た。

阪神大震災の記憶とリンクしたからでもなく、身近な人達の苦労を

おもんばかってのことでもない。

ギリギリのところで踏みとどまり、多大なる困難に立ち向かう人達が、

希望を持ってその決意を表明したかのように思えたからだ。


現場で生きる人達が生半可でない苦労を背負っていることなど百も

承知で、それほど簡単に美談になるほど甘い状況ではない事も承知し

ている。

しかし、それでも尚、このプロジェクトを立ち上げたデザイナーと

コピーライターとカメラマンその他のクリエイターや関係者に心から

お礼を言いたい。

こういった形での支えができるということを教えてくれたことに。

いや、支えられたのは現場の人達でなく、何も出来なかった私なのだ。

以下はそのポスターに使われているポジティブで力強い言葉の数々だ。


「此処でなきゃ駄目なんだ。」 

「これからを、取り戻す旅。」

「余計な言葉は無くていい。」

「甘くみるなよ、大槌人だ。」

「それでも今日も海を見る。」

「チョー悲しくなんかない。」

「忘れたいけど覚えておく。」

「頑固者の、出番のときだ。」

「ひとつひとつ咲かせるよ。」

自分自身を取り戻すために何が必要で、何に対して向かっていくべき

なのかを感じさせる。


「被災地じゃねぇ正念場だ。」

「瓦礫を、踏み台にするさ。」

「野球がしたいです、神様。」

「悔し涙は、嬉し涙にする。」

「そして絆は家族になった。」

ゼロ、いや、マイナスからプラスへ転じてやるという意志。

半ば強引に悲しみをねじ伏せるかのような力強さ。


「前よりいい町にしてやる。」

「大笑いできるその日まで。」

「続く未来に胸張れるよう。」

「心まで壊されてたまるか。」

「仲間は力だと、わかった。」

「かわりに気づいた宝もの。」

「しおれてちゃ男がすたる。」

「夢は勝つ。かならず勝つ。」

「埃も泥も、思い出にする。」

「かじりついてどこまでも。」

「ため息つかないと決めた。」

「諦めるな、と帆立が言う。」

失ったからこそ見えてきたものや、得られたものもあるはずだ、という

落ち着いた考え方の転換。そして心を折らずに、しなやかに、強靱に持

ち直そうとする、闘いへの決意。


そして最後に

「もうふざけんじゃねえぞ。」


全く機能不全というか、役に立たない政治屋どもに見せてやりたいもの

だ。少なくとも4−Dの事を気にかけてくださっている幾ばくかの方達

には、是非下記URLを見て何かを拾い上げ感じ取ってくれればと思う。


http://fukkou-noroshi.jp/


下北沢にて

4-D ELEMENTS[Playing with shadows]

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黄金町 「試聴室その2」

で行われた、初めての

横浜開催エレメンツは、

繊細で緻密に彩られた

音塊のループと、様々

な姿に転移していく

「坂本宰の影」による人

や建物全体を表現の視野

に収める静かなダイナミ

ズムを産み出した。




*リハーサル風景
































*プロジェクターを

 操る坂本氏



















*4-D ELEMENTS

[Playing with shadows] 



「試聴室その2」でご覧になられた方や、急遽行われたユーストリーム

中継を見られた200人を超える方々の大半がエレメンツ初体験だったに

違いない。

グルーヴを核にした音を吹っ飛ばすmode1本体とは違った、清楚で凛と

した彼等のパフォーマンスは、また違った側面を垣間見れたに違いない。


8月にはmode1でのちょっと違った、東京とLeipzigを連動させたライヴ

を計画中だ。

そしてヴォーカリストも出現か?

さてさて、どうなりますことやら(笑)

乞うご期待!!


下北沢にて

                 

ボンゴレパスタのアスパラ添え.jpg

         













本日たまたまというか、偶然にも北海道の方から美しくしなやかな

グリーンアスパラガスを戴いた。

本日は公約通りパスタを茹でる予定であったので、まさに背中を押され

たかのように腕をふるった。

グリーンアスパラガスは茹でて軽く塩胡椒。

腕をふるったと言うほどたいしたことはしていないのだが、そこそこ

自分にしては良い出来で、味の方も充分納得できる仕上がりだったと

いうわけだ。

普段は食事を作るのに時間をかけることはしない主義なのであるが、

忙しさが半端なくヘヴィになってくると、それなりのものを作ろうと

する癖があるようで、アスパラの茹で方など、本職のプロに教えを

請うたりする。

あぁ面倒くさい!本来はこういったことをしないようにしているのだが、

ついつい忙しさにかまけて油断するとこんな事になってしまう。


自分的にはあまり良くない傾向であるということだ。

取り敢えず、イタリアの決断に敬意を表して戴きました!

ボンゴ〜レ!!


下北沢にて


イタリアの決断

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既にニュースで流れているのでご存じの方も多いと思う。

90%以上の人がイタリアでの国民投票で原発にNOを突きつけた。

素晴らしいことであると思う。

チェルノブイリ以降25年以上、イタリアは原発を否定し続けている。

やろうと思わなければできないことだ。

電力会社にマスコミを通じて脅しをかけられている私達は、「節電」と

いう呪詛と共に暗示にかけられているのだ。

原発が全て止まっても、人は生きていける。

そのことを自らの意志で示さなければこの国は変わらないだろう。


笑い話かもしれないが、「あの、勤勉で細かく技術が高い日本人でさえ、

失敗するのだから、我々イタリア人には、原子力は扱いきれない。」

ある意味イタリア的なしっかりと自らを捉えたロジックだろう。


敬意を表して明日の夜はパスタを拵えよう。

もちろんソースは大好きなボンゴレだ。


下北沢にて

総選挙?

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先週の朝のワイドショーは、こぞってどこもかしこも●KB4●の、例の話題

を取り上げ、ことさらそのことに過大な重要性があるかのような期待感を煽っ

ていた。


言うまでもないが、私はこの手の遣り口に全く興味がない。

また、100万枚を有に超える産業廃棄物を産み出す事になんの躊躇もなく、

金儲けだけを優先している醜い商売人にも興味がない。


では、何故この件に敢えて言及するのかというと、

震災後の「原発の炉心メルトダウン」に誘因する、私達が未来永劫に亘って

抱えるべき由々しき問題の、その視線を逸らすかのような遣り口が気に入ら

ないだけだ。

それと、相も変わらずお遊びでしかない政治屋さん達のアマチュアさ加減に

うんざりしているからだ。


●KB4●が大好きで、それに人生の軸をおいている人達にとっては、甚だ

迷惑至極余計なお世話なのは百も承知であるが、世の中のある部分が幼児退行

しているかのように私の目には映る。

一人で1000枚や5000枚、同様の商品を投票券だけが欲しいからといって購入

するというのは、乗せられていると言うより価値観の退行を自ら望んでいると

言うほかない。

これが、子供達向けのスナック菓子的なモノであれば、当然それなりの規正が

かかる。大人だから自己責任において購入しているのだと言われれば、それは

それで他人がとやかく言うべきモノではないのであるが、しかし、一方では妄想

の中に逃げ込む事をせず、厳しく現実に立ち向かい続ける人もいるのである。


別に偉そうな事を述べるつもりもなければ説教じみた年寄りの戯言を言うつもり

もさらさら無い。それに此処でこういう事を書くことに意味があるとは思って

いないし、書くべきでもないだろうと思う。


失礼であるかも知れないが、こういった子供じみた遣り口や構図が、単に

「気持ち悪い」だけなのだ。・・・で、書いちまったってわけだ。


時を同じくしているこの狭い世界の中で、いとも簡単に妄想の中に入り込んだ

まま、大切で重要なことを他人任せにしてしまえることが、それぞれの未来に

とって如何に危険なことになるのかという事に想いを馳せて欲しい。

と、切に願う。


下北沢にて

深夜に燻されて

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昨夜、眠る前にYouTubeでZAZEN BOYSの良くできたPVを堪能し、

気持ちよくベッドに転がり込んだのであるが、深夜2時過ぎぐらいに

何やら焦げ臭いニオイで微睡みから引き起こされた。

寝惚けながら、「まさか火事じゃねえだろうな?」と訝っていると、

どうやらそのニオイは、開けっ放しのベランダの窓に嵌めてある、

網戸の向こうから流れ込んでいるようだ。

起きて窓際に近付くと、甲高い、若い女の下卑た笑い声とも、叫び声とも

判別できない大声が夜の空間に木霊した。


一年ほど前に、ウチのマンションの斜向かいにできた、めったやたらと安い

焼き串と酒を商いとする飲食店からもうもうと煙がウチに向かって流れて

きているのである。


この一角には、安いこぢんまりとした飲食店やBarが肩を寄せるように

ひしめきあい、夜遅く、というより明け方まで、イヤ、へタすりゃ朝を通り

越して昼手前まで営業していたりする。


まぁ、向こうも商売なので口うるさくは言いたくないが、深夜にこのニオイ

と、路上で騒ぐのだけはなんとかしてほしいものである。

窓を閉めてしまえばなんと言うことはないのだが、今の季節に閉めっきりに

してしまうと、ヘンな寝汗をかいて気持ち悪くて目が覚めてしまうのだ。


寝るのは体力が必要だ。体力が落ちると、ぐっすり眠ることもままならない。

歳を経るとそうなってしまうのである。

情けない話、イヤでも早朝に目が覚めてしまうのである。


それにしても、何時も思うことなのであるが、あの辺に集まる若い人達は、

平日から深夜に深酒できるほど裕福な富裕層なのだろうか?

安い店だとはいえ、学生やフリーターにしては金回りが良いように見える。


ということで、私の部屋は焼き串の煙の浸入を赦し、ファブリーズを購入

しなければならない羽目になってしまった。

誠に持って困ったことである。


下北沢にて