砂漠の薔薇

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最近読んでいる本で、船戸与一「猛き箱舟」という長編に嵌っている。

上下巻ページ数にして有に1200ページは下らない。

飲み仲間から是非にと強く薦められて読んでいるのであるが、これが

面白い。

年代は昭和60年代で、平成に切り替わる直前の設定。

舞台となるのは、地中海を望む北アフリカ、アルジェリア、モロッコ、

そして東京である。

内容は、一人の男が傭兵を志し、初めてのミッションで見捨てられ、

死線を彷徨いながら日本に単身戻り復讐を始める、といった内容。

こんな風に書いてしまうとつまらなさそうに思ってしまうが、いやいや、

なかなかどうして、ぐいぐい引き込まれてしまう。

これを読む前に、映画にもなった「天使と悪魔」上中下巻も読んだが、

個人的にはそれよりかなり惹きつけられる。なるほど薦めてくるワケだ。

私のツボをよく知っているな。と感心する。

北アフリカ・マグレブのサハラ砂漠での描写が入念に書き込まれており、

タバコと酒を呑む典型的な血飛沫舞うハードボイルドがガツンとくる。

作品としては古く、また携帯電話の無い時代の物語なので、若い人達

にはついて行けない部分もあるかもしれない。

まぁ、そんな事はどうでもいい。


私は小説を読むときには必ずi-Podで音楽を聴きながら没頭するのが

スタイルなのだが、さて、ここで問題となるのは何をBGMにしながら

読み進めるのかということが重要なのである。

この選曲を間違えると面白い小説も、途端につまらなくなる。

当然である。映画で音楽の果たす役割が重要なのと同じで、文章を読み

脳裏に描く映像にしっかりと符合する音を選ばないと、ノリが悪くなっ

てしまうのである。

そしてこの「猛き箱舟」に見事に嵌ったのが何あろうLed Zeppelinの

音楽だった。ここを読んでいる人達でこのバンドを聴いたり知って

いる人は極めて少ないと思うが、Led Zeppelinといえば無く子も黙る

ハードロックバンドの帝王であり、また一般的にミーハーな捉えられ方

をしても仕方がないのであるが、初期の頃の音源も含め、特にアルバム

「Physical Graffiti」と「Presence」に置いては、この小説に驚くほど

ものの見事に嵌っている。

そこで何故嵌るのだろうと考えてみた。

ギタリストであるジミー・ペイジは、最近逝去されたレス・ポールの

作ったギターを好んで使い、レス・ポールギターといえばブルースと

いう代名詞がつく程、ウェットな太い中低音が特徴であり、その音色が

ブルースギタリスト達に好まれていた。にもかかわらず、数年ぶりに

聴くジミー・ペイジのギターは湿り気など全く感じさせず、黒魔術や

ヘヴィさもあまり感じさせず、ひたすら短い1〜2小節の格好いいリフ

やフレーズを繰り返しているだけに過ぎない。そしてカラカラに乾いて

いる。

ジミー・ペイジは決して上手いギターを弾けるギタリストではない。

しかし短いリフを作らせたら右に出るものがいないほど才能を発揮する。

つまりループフレーズの神様と呼べるほど独自の音色を持っている。

ブルースをやりたくて仕方がなかったのであろうが、演奏するとピック

が引っ掛かり、つんのめってブルースにはならなかったギタリスト。

そんな塩梅だから、音もカラッカラに乾いてしまったのかもしれない。

だから灼熱の無音の砂漠に音が似合うのかもしれないと思ったのである。


そしてヴォーカリストのロバート・プラントが、事故で復活が危ぶまれた

折、静養していたのが確か北アフリカ、モロッコだったように記憶する。

そのモロッコからレコーディングのためにヨーロッパへ戻る機内で作詞

したのがアルバム「Presence」の中のA面1曲目「Achilles Last Stand」

(アキレス最後の戦い)という10分を越す大作だったりする。

灼熱の乾ききった砂漠。吹く風の音以外何も聞こえない無音の砂丘。

そういえば、ロバート・プラントのアメリカでのソロアルバムジャケット

には砂漠に赤い旗をなびかせていたように思う。

 

先般神戸に帰省した折、馴染みにしている友人のスタンドスペインバル

でジンを飲っていると、昔ながらの友人達が集まってきた。

立ち飲みといっても12〜15人も入れば満杯で、狭い鰻の寝床という表現

がしっくりと嵌る店内は大騒ぎになる。

その店に私が行くときは前もってメールを入れてから行くのが不文律

のように出来上がってしまっているので、友人のマスターが親しく

している常連を呼んで「お久しぶり!」ってな感じになるのである。

職業も、通訳・翻訳家、居酒屋経営、古着ショップのオーナー、

潜水艦に乗船する自衛官、長距離トラックのドライバー、神戸の

有名なパン屋さんの経営者、アパレル、ブライダル、カフェ経営、

建築設計、内科医等様々でである。

楽しく談笑しているときカウンターの冷蔵ケース(ピンチョス:おつまみ

お料理を入れている)の上に乗せている異様な物体が目がとまった。

知り合いの誰かが、エジプト旅行のお土産としてお店に置いていった

らしいのだが、その奇っ怪な様態に似合わない「砂漠の薔薇(デザート

ローズ)」と呼ばれるものらしい。


これは化学記号ではCaSO4・BaSO4。つまり「石膏」で出来ている

ものと重晶石で出来ているものもあるらしいのだが、基本的にこれが

見つかるところは、かつてオアシスが存在した、水が湧き出ていたと

いうことになるらしい。そのオアシスが干上がる過程で、水に溶けて

いた硫酸カルシウム(CaSO4)や硫酸バリウム(BaSO4)が結晶生成し、

成長し、形態を成していくことによって出来るものということだ。

中には人の背丈よりも大きな巨大なものも見つかっている。

出来るのにも年月がかかるだろうし、どのような形状になっていく

かも予測がつかず、何故このような形に成長していくのか未だ解明は

されていないという。


太陽光と熱風と砂。

それらが長い年月をかけて育んだデザートローズ。

これを発見した最初の人間が、花が咲くことが出来ない環境で、これを

砂漠の薔薇と命名したとき、いったい何を想い、どんな気分だったんだ

ろう?

明日には「猛き箱舟」を読み終わってしまう。

これを読み終えることで私の夏は終わるような錯覚がある。

何か切なくもの悲しい気分だ。


下北沢にて


砂漠の薔薇.JPG

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このページは、press_4dmode1が2009年8月24日 23:13に書いたブログ記事です。

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